いつも日本意匠製作所をご覧いただきありがとうございます、店主の小野です。 これまで戦国武将の家紋や花押といった「武の意匠」を中心にお届けしてきましたが、当サイトの新しい商品ラインナップとして、重厚な「甲冑」と、江戸のポップカルチャーである「浮世絵」のシリーズが加わりました!
この新ラインナップ追加を記念して、日本が世界に誇るグラフィックアート「浮世絵」がどのようにして生まれ、進化していったのかを、デザインとモノづくりの視点から「前編・中編・後編」の三部作でじっくりと紐解いてみたいと思います。 今回は【前編】、浮世絵の誕生から、絵師たちが「版画」という大量生産のテクノロジーを手にするまでの夜明けの物語です。
🖌️ 版画はなかった?屏風絵から抜け出した「トレンドの人物たち」
浮世絵と聞くと、多くの方が「木版画」をイメージすると思います。しかし、初期の浮世絵には版画の技術はなく、絵師が筆で直接キャンバスに描く「肉筆画(にくひつが)」からスタートしました。
戦乱の世が終わり、時代が桃山から江戸へと移り変わる中、絵画のトレンドにも大きな変化が訪れます。それまでの風景を中心とした屏風絵から、岩佐又兵衛らが描いた「舟木本(洛中洛外図屏風)」のように、町を生きる「民衆の姿」が生き生きとクローズアップされるようになったのです。
寛永年間(1624〜44年)頃には、「彦根屏風」や「松浦屏風」といった、風景を描かずに遊里の遊女や芝居町の役者など「当世の人物(トレンドリーダー)」だけを全面に押し出した作品が生まれます。 また当時の「湯女図(ゆなず)」という作品に描かれた、体を「く」の字に折るような女性のしなやかな姿勢は、のちの浮世絵の代名詞ともなる「見返り美人」のポーズの原型になったとも指摘されています。時代が少しずつ、人物のグラフィックに魅了されていった黎明期です。
👘 「大和絵師」菱川師宣の登場と、版画への挑戦
そして17世紀後半、この人物画の世界に決定的な革命を起こしたのが、菱川師宣(ひしかわもろのぶ)という絵師です。

彼は自らの作品に堂々と「日本絵師」「大和絵師」とサインを入れました。安房国(現在の千葉県)の縫箔屋(金銀箔を交えた刺繍を行う実家)の出身だった彼は、着物の柄やテキスタイルデザインに対する圧倒的なセンスを持っていました。有名な「見返り美人図」は、まさにその集大成とも言える肉筆の掛け軸です。
師宣の凄さは、一点モノの肉筆画にとどまらず、巻物や浮世草子(小説の挿絵)、枕絵といった「版本(本)」の世界に自らのグラフィックを大量に持ち込んだことです。 最初は墨一色で刷られた「墨摺本」でしたが、のちにその上から筆で赤色(丹)を塗る「丹絵(たんえ)」へと進化させ、さらには本から独立した「一枚摺り」という、現代のポスターのような形式も誕生させました。 彼の多彩な活躍により、江戸の文化は上方(京都・大阪)に肩を並べるほどに成熟していったのです。
🚀 クリエイター兼プロデューサー。奥村政信のビジネスセンス
師宣没後、彼が切り拓いた道を、さらに現代的な「ビジネスとデザイン」の次元へと引き上げたのが、奥村政信(おくむらまさのぶ)です。
彼は、赤色染料を筆で差す「紅絵(べにえ)」や、墨に膠(にかわ)を多く混ぜて漆のような光沢を出す「漆絵(うるしえ)」、さらには西洋の遠近法を取り入れた「浮絵(うきえ)」など、次々と斬新な技法を創始しました。 そして、ついに2〜3色の色版を重ねて刷る「紅摺絵(べにずりえ)」や、拓本を応用した白黒反転の「石摺絵(いしずりえ)」を生み出し、多色刷りへの扉を開いたのです。
政信が現代の視点から見て非常に面白いのは、彼がただの絵師ではなく、自ら「奥村や」という版元(出版社・メーカー)を立ち上げ、運営していた点です。 自分でデザインを描き、自分で製造し、自分の販売ルートで売る。さらに、他の版元と商品を卸し合って商機を広げるという、まさに現代のインディペンデントなアパレルブランドやクリエイターと同じ働き方を、半世紀にもわたって実践していました。自由な発想で道を切り拓いた彼のバイタリティには、同じモノづくりをする身として深く共感してしまいます。

💡 江戸の黎明期を、現代のアパレルで味わう
一点モノの高級な絵画から、誰もが気軽に楽しめる大量生産のグラフィックへ。絵師たちが情熱を注いで進化させたこの浮世絵の歴史は、現代における「プリントTシャツ」の文化の原点とも言えます。
今回新たに追加した「浮世絵シリーズ」は、そんな江戸の粋を現代の日常着として再構築したアイテムです。 ホワイトやブラックの定番色に鮮やかなデザインを乗せるのはもちろん、インディゴやネイビー、アーミーグリーン、そして深みのあるバーガンディといったTシャツに浮世絵のグラフィックを合わせることで、ただの和柄とは一線を画す、大人の渋さが引き立ちます。 少し肌寒い日なら、サンドベージュのパーカーやトレーナーの胸元から、チラリと江戸の意匠を覗かせるのもかっこいいですね。
黎明期の絵師たちが命を削って生み出した線の力強さを、ぜひ現代のキャンバスであるアパレルで体感してみてください。 (次回の【中編】では、いよいよフルカラーの「錦絵」が誕生し、浮世絵が黄金期を迎える江戸中期〜後期の歴史に迫ります。お楽しみに!)